弁護士間瀬まゆ子の相続・資産税ブログ

主に、相続や資産税に関する判例や裁決例をご紹介して参ります。

企業の創業者が後妻の子の家族らとの間で行った養子縁組が、先妻の子の遺留分を抑制しようとするものであっても直ちに縁組意思を欠くものとはいえないとされた事例

東京地裁令和3年8月4日判決(LLI/DB 判例秘書登載)

  • 要旨

 相続人Aの法定相続人は、前妻の子X、後妻Y1、AとY1の子であるY2及びY3の4名であったが、Aは、相続開始の数年前に、Y2の妻及び子ら(Aの孫ら)と養子縁組をした上で、公正証書遺言(以下、「本件遺言」という。)を作成した。Aの相続開始後、Xは、その養子縁組が、Xの遺留分を抑制するという目的を達するための便法として仮託したものにすぎず、縁組意思を欠いて無効であるとした上で、本件遺言により自らの遺留分が侵害されているとして、Y1、Y2及びY3に対し、遺留分侵害額請求をした(Aが亡くなったのが、令和元年9月7日であるため、相続法改正後の新法が適用される事案である。)。しかし、東京地裁は、縁組意思がなかったとは認められず、本件遺言によりXの遺留分は侵害されたとは認められないとして、Xの請求を棄却した。
 
 B
 |
 ✕ ―――― 原告X
 |                 
 A      ――― 被告Y2   
 |    |    |――― Eら 
 |――――|    D   
 |    |        
 被告Y1     ――― 被告Y3     

  • 事実

 Aは一部上場企業O社の創業者である。Aは、Bと平成18年に離婚して、Y1と再婚しているが、それ以前からY1とは内縁関係にあり、同人との間にY2及びY3が生まれていた。

 Aと先妻Bとの間の子であるXは、Aの後継者であり、平成13年にO社の代表取締役に就任するとともに、平成21年に、Aが有していたO社の持株会社の株式(以下、「本件株式」という。)を全て買い受け、実質的に同社の筆頭株主となっていた。

 平成21年9月にAは公正証書遺言(以下、「平成21年遺言」という。)を作成し、その中で、Xが相続する財産は現金15億7626万円と定めていた。なお、この金額は、平成21年4月にXがAから本件株式を買い受けた際に、AがXから受領した金額(ただし、所得税等を控除した残額)であった。

 その後、平成28年2月1日に、Aは、Y2の配偶者D並びにY2とDの子(Aの孫)であるE、F、G及びH(以下、この4人の子らを「Eら」といい、EらとDを合わせて「Dら」、DらとY2を合わせて「Y2ら家族」という。)と養子縁組(以下、「本件養子縁組」という。)をした。更に、同月22日に、本件遺言を作成した。本件遺言は、概要、以下の内容のものであった。

ア Y1に対し、自宅建物、現預金・株式・債券その他金融資産及び動産の一切(ただし、イないしオに記載のものを除く)を相続させる。

イ Xに対し、現金15億7626万円を相続させる。

ウ Y3に対し、O社の株式の3分の1を相続させる。

エ Y2に対し、自宅土地と、金融資産及び貸金債権を相続させる。

オ Dに対し、現金2億円を相続させる。

カ Eらに対し、別荘の共有持分8分の1ずつ(各評価額は約225万円)を相続させる。

 平成21年遺言にはDらに対する遺贈の記載はなかったものの、平成21年遺言と本件遺言を比較すると、多少の相違があるに過ぎず、Dらが本件遺言により取得する財産もわずかであった。また、いずれの遺言においても、Aは、付言事項として、XがAの2倍に及ぶ資産を保有するに至ったことなどを理由として、遺言がXの遺留分を侵害していないことに言及していた。

 なお、Aは判断能力に問題はなかったが(平成29年に開催されたイベントでも、O社の名誉会長として挨拶をしていた。)、骨折による入院を経て日常生活で支援を必要とすることが増え、Y2ら家族の世話や介助を受けていた。

  • 争点
    ①     原告の遺留分の侵害の有無(本件養子縁組が無効か否か)
    ②     原告の遺留分の侵害額

  • 裁判所の判断

 Aは、Dに対しては、遺産の一部を相続させることにより、同居中の日常生活において介助等を継続してもらったことについて、その功労に報いようとしたと考えられ、それがDとの間で養子縁組をした動機の一つと認められるものの、Eらとの養子縁組については、節税や後継者育成等の観点からその必要性を説明することは困難とし、Aの相続によってXが取得する財産を現金15億7626万円に限定するため、法定相続人を増加させることでXの遺留分を抑制するという目的を有していたことが推認されるとした。

 しかし、「養親となる者が特定の法定相続人の遺留分を抑制するという結果を企図した場合であっても、そのことだけで直ちに縁組意思を欠くものとはいえない。」とした上で、本件においては、「余生におけるより一層の安心感を得たいという心情や同居するY2ら家族とより親密な家族関係を築きたいという心情を有していたと認めるのが相当である。」として、縁組意思がなかったとは認められないと結論づけた。

 その結果、法定相続人がDらを含む9名となり、Xの遺留分は、以下のとおり11億3919万7750円となってXが取得する現金15億7626万円を上回るものでないから、Xの遺留分は侵害されていないとして、Xの請求を棄却した。
 
遺留分算定の基礎財産36,454,328,000円×Xの遺留分1/32(1/2×1/2×1/8) =1,139,197,750円

  • コメント

 類似の裁判例でも、遺留分を減らす意図があったとしても、直ちに縁組意思を欠くものではないと判示されていたところである。本件でも、AがY2ら家族と相当期間にわたり同居していたこと、その関係は良好であったこと等を認定し、上記のとおりに判示して、縁組意思が存在しなかったとのXの主張を斥けた。

 遺留分対策を講じる専門家においても、孫らと養子縁組をするという方法は検討することがあると思われる。ただ、一律に、それが有効とも無効とも言うことは難しい。結局は、個別事案ごとに様々な事情を考慮して判断されることになるので、依頼者の家族の関係性や、養親となる者の意思や判断能力等を確認した上で、無効として争われるリスクもあることをきちんと説明しておくことが必要であろう。