弁護士間瀬まゆ子の相続・資産税ブログ

主に、相続や資産税に関する判例や裁決例をご紹介して参ります。

相続税対策のために、不動産を、法人ではなく高齢の個人の名義で購入するよう勧める義務あったのにそれを税理士が怠ったとする納税者の主張が排斥された事例

東京地裁令和4年4月19日判決(LLI/DB 判例集搭載)

・要旨

 亡Aの相続人であるXが、亡Aの生前に、収益不動産を購入するにあたり、税理士法人Y1に所属するY2税理士に対して、法人であるB社名義で購入したほうがよいか、個人であるA名義で購入したほうがよいかという質問をしたのに対し、高齢のAの名義で購入した方が相続税対策になるにもかかわらず、Y2がB社名義でよいと回答したため、過大な相続税を納税することになったとして、Y1及びY2を訴えた事案である。

 

 この事案で、裁判所は、収益物件の取得に際して、法人名義と個人名義のいずれが節税として有効かについては、複数の要素を総合的に検討する必要があるとした上で、Y2が、B社名義で物件を購入することを肯定し、Aの個人名義で購入するよう積極的に勧めなかったことをもって、税理士としての注意義務に反するということはできないとして、Xの請求を棄却した。

 

・事実

 Xは、Aの養子であり、唯一の相続人であった。Aは平成28年6月時点で88歳であり、平成29年4月に死亡した。B社は、収益不動産Cを保有する会社で、Aが代表取締役兼一人株主であった。

 

 AとB社は、顧問税理士が亡くなったため、代わりの税理士を探していたところ、Y1の社員税理士であるY2の紹介を受け、平成27年1月期から、B社の決算と法人税の確定申告を4万円(税抜)で依頼することになった。

 

 平成28年3月頃、Xは、Y2に対し、B社が保有する物件Cが老朽化しているためこれを売却し、代わりの収益物件の購入を検討していることをY2に伝え、B社名義で購入するべきか、A個人で購入すべきかという相談を持ち掛けた。Y2は、どちらで購入するべきかという回答は行わず、一般論として、収益物件を個人名義で購入すると、取得額と相続税評価額との間に差額が生じるから、その差額分は相続税の課税上有利となる一方、家賃収入が所得となるため、所得税、住民税及び国民健康保険料が増加するという趣旨の説明をした(注:Xの言い分とは異なる事実を裁判所が認定した。)。

 

 同年6月、Xは、B社を買主として収益物件Dの購入契約を締結したが、その際、司法書士や不動産業者から、名義をAとするかB社とするか税理士に確認した方がよいと言われ、Y2に電話をかけた。その電話で、B社で購入することでよいかと確認を求められたY2は、「この前はそういう結論だったと思いますよ」と回答した。

 

 Aが亡くなり、その相続税の申告業務をY2が行った(なお、報酬64万8000円は支払われていない。)。

 Xは、前記要旨に記載のとおりに主張して、Y1及びY2を訴えた。

 

・争点

 ① Y2のXへの回答に関し、Y1に債務不履行責任が生じるか

   →裁判所は、AとY1との契約関係を否定(本稿では説明を割愛する)。

 ② Y2の回答がXに対する不法行為を構成するか

 ③ 損害の発生及びその額

   →Y1及びY2の責任が否定されたため判断されず。

 

・裁判所の判断(請求棄却)

 「税理士は、相手方に有利なあらゆる方法を想定した税務知識を教示しなければならない義務まで負うものではない」との一般論を掲げた上で、「収益物件の取得に際しては、法人名義で購入する場合と、個人名義で購入する場合とで、いずれが節税としてより有効かは、年齢、保有目的(転売、超長期など)、小規模宅地の評価減の適用の有無、家賃収入の多寡、税率、貸付債権等の問題といった要素を総合的に検討する必要がある上、実際の相続税額は、相続の発生時期によって異なるなどから、傾向的な把握が可能であるにとどまり、一義的に定まるものではない。」とした。

 

 その上で、本件については、Y2がXに対して行った一般的な趣旨の説明が誤りであるとはいえず、「Y2が、B社名義で物件を購入することを肯定し、Aの年齢を考慮してAの個人名義で物件を購入するよう積極的に勧めなかったことをもって、税理士としての注意義務に反するということはできない。」と結論づけた。 

 

・コメント

 昨年、相続開始直前に借入により不動産を購入して相続税を圧縮することを企図した事案に対して、課税庁が総則6項を適用して行った課税処分を適法とする最高裁判決(最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁)が出た。最高裁は、特定の者についてのみ財産評価基本通達を上回る評価を適用することは平等原則に違反するとしつつ、借入と不動産の購入により過度な租税負担の軽減を図った当該事案における不動産の評価に際して、通達を上回る評価額を用いることは平等原則に違反しないとして、課税処分の適法性を認めた。

 ただ、どのような場合に平等原則に違反しないことになるかの具体的な基準は示されていないため、多くの実務家は、どの程度の節税ならば許されるのか、頭を悩ませているのが現状である。そのため、最高齢とも言うべき年齢の依頼者に、不動産を購入して相続税の課税価格を圧縮する節税策を提案することには、躊躇を覚える税理士も少なくないのではないかと思う。

 一方、上記最高裁判決とたまたま同日に出されたのが、本記事で紹介している地裁判決である。こちらの事案では、むしろ、高齢であるからこそ相続税対策になるのだから、節税対策として個人名義による不動産の取得を勧めるべきであったとして税理士が訴えられた。節税をして税務署から否認されるリスクを心配しなければならない一方で、むしろ節税をしないことについて依頼者から訴えられることもあるという、税理士にとってはなかなかに厳しい話である。

 

 節税に関する税理士の責任が問われた事例というと、DESによる債務消滅益への課税のリスクに係る説明を怠ったとして税理士の責任が認められた東京高裁令和元年8月21日判決(金商1583号8頁)が思い起こされる。この事案では、税理士が、DESによる債務消滅益について誤った認識を有していたため、その課税のリスクを説明せずに、相続税対策としてDESを行うことを提案しまったという趣旨の認定がされている。すなわち、節税策の提案をしていた税理士が、誤った認識に基づくアドバイスをしてしまったというのである。

 

 これに対し、本件は、不動産の購入名義に関して相談を受けた税理士が、積極的に、相続税の節税のために個人の名義により取得するよう勧めなければならないかが問われたものであり、より踏み込んだ責任が問われた事案と言えよう。

 

 そして、上記の点につき、裁判所は、「Aの年齢を考慮してAの個人名義で物件を購入するよう積極的に勧めなかったことをもって、税理士としての注意義務に反するということはできない。」として、税理士の説明責任を否定した。4万円の申告報酬しか受け取っていない法人の代表者の相続税について、節税を指導しなかったからと言って、2,000万円近い金額の賠償責任を負わされたのでは、税理士にとってはたまらないところであろう。その点で、常識的な判断であるように思う。

 

 冒頭で指摘した問題に戻ろう。本件で言及されているわけではないが、税理士からすると、最高齢というべき年齢の方の相続税対策となると、否認のリスクが気になり、専ら税務署の方を向いて仕事をするようになるのではないかと思う。

 ところが、本件のように、可能な節税があるのにそれをしなかったとして、依頼者の側から訴えられるリスクもあるのである。難儀ではあるが、そのようなリスクがあるということも、頭の片隅に入れておいた方がよいかもしれない。

企業の創業者が後妻の子の家族らとの間で行った養子縁組が、先妻の子の遺留分を抑制しようとするものであっても直ちに縁組意思を欠くものとはいえないとされた事例

東京地裁令和3年8月4日判決(LLI/DB 判例秘書登載)

  • 要旨

 相続人Aの法定相続人は、前妻の子X、後妻Y1、AとY1の子であるY2及びY3の4名であったが、Aは、相続開始の数年前に、Y2の妻及び子ら(Aの孫ら)と養子縁組をした上で、公正証書遺言(以下、「本件遺言」という。)を作成した。Aの相続開始後、Xは、その養子縁組が、Xの遺留分を抑制するという目的を達するための便法として仮託したものにすぎず、縁組意思を欠いて無効であるとした上で、本件遺言により自らの遺留分が侵害されているとして、Y1、Y2及びY3に対し、遺留分侵害額請求をした(Aが亡くなったのが、令和元年9月7日であるため、相続法改正後の新法が適用される事案である。)。しかし、東京地裁は、縁組意思がなかったとは認められず、本件遺言によりXの遺留分は侵害されたとは認められないとして、Xの請求を棄却した。
 
 B
 |
 ✕ ―――― 原告X
 |                 
 A      ――― 被告Y2   
 |    |    |――― Eら 
 |――――|    D   
 |    |        
 被告Y1     ――― 被告Y3     

  • 事実

 Aは一部上場企業O社の創業者である。Aは、Bと平成18年に離婚して、Y1と再婚しているが、それ以前からY1とは内縁関係にあり、同人との間にY2及びY3が生まれていた。

 Aと先妻Bとの間の子であるXは、Aの後継者であり、平成13年にO社の代表取締役に就任するとともに、平成21年に、Aが有していたO社の持株会社の株式(以下、「本件株式」という。)を全て買い受け、実質的に同社の筆頭株主となっていた。

 平成21年9月にAは公正証書遺言(以下、「平成21年遺言」という。)を作成し、その中で、Xが相続する財産は現金15億7626万円と定めていた。なお、この金額は、平成21年4月にXがAから本件株式を買い受けた際に、AがXから受領した金額(ただし、所得税等を控除した残額)であった。

 その後、平成28年2月1日に、Aは、Y2の配偶者D並びにY2とDの子(Aの孫)であるE、F、G及びH(以下、この4人の子らを「Eら」といい、EらとDを合わせて「Dら」、DらとY2を合わせて「Y2ら家族」という。)と養子縁組(以下、「本件養子縁組」という。)をした。更に、同月22日に、本件遺言を作成した。本件遺言は、概要、以下の内容のものであった。

ア Y1に対し、自宅建物、現預金・株式・債券その他金融資産及び動産の一切(ただし、イないしオに記載のものを除く)を相続させる。

イ Xに対し、現金15億7626万円を相続させる。

ウ Y3に対し、O社の株式の3分の1を相続させる。

エ Y2に対し、自宅土地と、金融資産及び貸金債権を相続させる。

オ Dに対し、現金2億円を相続させる。

カ Eらに対し、別荘の共有持分8分の1ずつ(各評価額は約225万円)を相続させる。

 平成21年遺言にはDらに対する遺贈の記載はなかったものの、平成21年遺言と本件遺言を比較すると、多少の相違があるに過ぎず、Dらが本件遺言により取得する財産もわずかであった。また、いずれの遺言においても、Aは、付言事項として、XがAの2倍に及ぶ資産を保有するに至ったことなどを理由として、遺言がXの遺留分を侵害していないことに言及していた。

 なお、Aは判断能力に問題はなかったが(平成29年に開催されたイベントでも、O社の名誉会長として挨拶をしていた。)、骨折による入院を経て日常生活で支援を必要とすることが増え、Y2ら家族の世話や介助を受けていた。

  • 争点
    ①     原告の遺留分の侵害の有無(本件養子縁組が無効か否か)
    ②     原告の遺留分の侵害額

  • 裁判所の判断

 Aは、Dに対しては、遺産の一部を相続させることにより、同居中の日常生活において介助等を継続してもらったことについて、その功労に報いようとしたと考えられ、それがDとの間で養子縁組をした動機の一つと認められるものの、Eらとの養子縁組については、節税や後継者育成等の観点からその必要性を説明することは困難とし、Aの相続によってXが取得する財産を現金15億7626万円に限定するため、法定相続人を増加させることでXの遺留分を抑制するという目的を有していたことが推認されるとした。

 しかし、「養親となる者が特定の法定相続人の遺留分を抑制するという結果を企図した場合であっても、そのことだけで直ちに縁組意思を欠くものとはいえない。」とした上で、本件においては、「余生におけるより一層の安心感を得たいという心情や同居するY2ら家族とより親密な家族関係を築きたいという心情を有していたと認めるのが相当である。」として、縁組意思がなかったとは認められないと結論づけた。

 その結果、法定相続人がDらを含む9名となり、Xの遺留分は、以下のとおり11億3919万7750円となってXが取得する現金15億7626万円を上回るものでないから、Xの遺留分は侵害されていないとして、Xの請求を棄却した。
 
遺留分算定の基礎財産36,454,328,000円×Xの遺留分1/32(1/2×1/2×1/8) =1,139,197,750円

  • コメント

 類似の裁判例でも、遺留分を減らす意図があったとしても、直ちに縁組意思を欠くものではないと判示されていたところである。本件でも、AがY2ら家族と相当期間にわたり同居していたこと、その関係は良好であったこと等を認定し、上記のとおりに判示して、縁組意思が存在しなかったとのXの主張を斥けた。

 遺留分対策を講じる専門家においても、孫らと養子縁組をするという方法は検討することがあると思われる。ただ、一律に、それが有効とも無効とも言うことは難しい。結局は、個別事案ごとに様々な事情を考慮して判断されることになるので、依頼者の家族の関係性や、養親となる者の意思や判断能力等を確認した上で、無効として争われるリスクもあることをきちんと説明しておくことが必要であろう。